エーリッヒ・フロム「愛するということ」

愛するということ

愛されることばかり考えるのではなく愛することを考える

■人々は愛の問題 を"愛する問題"ではなく"愛される問題"と捉えがちである
愛されるために男性は社会的成功を求め、女性は外見を磨く、普遍的なもので言えば好感を持たれる態度をして気の利いた会話をする。

■重要なのは愛すること
愛するということは人間(自分、他人の両方)が幸せになることを願い、与えることである。
また「見返り」を求めて与えるのは浅はかである。なぜなら"愛されたいから愛する"は "自分が一番大事"というナルシシズムが生み出す幼稚な愛だからだ。
「自分の優しい行動に酔うこと」や「相手に気に入られたい願望」などもそれである。
成熟した愛は"愛するから愛される"の原則に従う。

■愛とは特定の人間に対する関係ではない
世界全体(自分を含めて)に対して人がどう関わるか決める態度、性格である。

与えることってなに

■自分の命(自分に息づいているもの)を与えることである
それは"自分の「喜び」、「興味」、「理解」、「知識」、「ユーモア」"だったりする。

例: 二人の人間が共通して知ってる樹木の育ち具合について話す
   今食べたばかりのパンの味について話すとか仕事での共通の経験について話す

自分たちが話していることを二人がともに経験していてそれを抽象化しないで話せば意味がある。
そのやり取りの中で人々は生命への感謝を覚える。

愛するために必要なこと

愛する技術

■医学や工学と同じく習練が必要
1.理論に精通すること
2.体験を通して 知識と技術を習得する
3.それが関心事であること

愛の技術の前提条件

1.規律
▼学習を規則正しく行うため
▼規律が自分自身の意志の表現となり、それを止めると物足りなく感じること

2.集中
▼一人の時間を作って学習に向かう
▼何よりもまず相手の話を聞くこと
▼全身で今を生きる事
▼自分の感情に敏感になること
▼ラジオ、音楽などに触れず、誰とも話さず一人でいれるようにすること
▼集中するということは今ここで全身で現在を生きること
▼なにかやっている間は次のことを考えない

3.忍耐
▼闇雲に事を急がないこと
▼すぐ結果を求めないこと

4.ナルシシズムの克服
ナルシシズムとは性的エネルギー、精神的エネルギーが自己(身体、欲求、精神、感情、自分の利害など)に向かうこと
 ▼愛を与えるためには"自分が一番大事"というナルシシズムを克服しなければならない

5.能動的性質
■自分と相手がよりよく生きるためにはどうすればいいか考えることが必要である
 ▼愛に必要な能動的性質
  ●配慮: 相手が喜ぶことはなにか、嫌がることはなにか考える
  ●尊重: 相手の幸福、成長を心から願うこと、自分と相手は対等
  ●責任: 相手の要求を受け止める用意
  ●理解: 相手の個性を理解しようとすること、自分の行動に対する相手の反応を見て、自身の欠点、長所を知る

6.信念、勇気
■自分の思考、感情を信じて実行すること
■実行して傷つく勇気を持つこと

ナルシシズムについて

ナルシシズム傾向の強い人は自分の内に存在するものだけを現実として経験する
外界の現象は意味を持たない。
自分にとって有益か危険かという観点からのみ経験される。

ナルシシズムと対極にあるのが客観性
人間や動物をありのままに見て、
その客観的なイメージを自分の欲望と恐怖によって作り上げたイメージと区別する。

どんな種類の精神病者も客観性が極端に欠如している。
自分の感じたことと他者が考えていることが同じとは限らない。

ナルシシズムが強くなる弊害

 ▼承認欲求が強くなる
 ▼他人を利用しようとする
 ▼自分自身にしか関心を示さない

なぜナルシシズムが強くなるのか

■元来、人間の赤ん坊は第一次ナルシシズムにより全能感が強い
願えばすべて叶うと思っているが挫折することでは一人では生きられないと気づく。
しかし、幼い頃甘やかされることでナルシシズムが強いまま大人になってしまう。

孤独を癒やすことができるのは愛だけ

■人間の最も強い欲求は孤独から抜け出したい欲求である
■集団への同調は孤独感を克服するのに一般的な方法である
 ただし自身の人生への関係が薄いため孤独の根本的解決にはならない
 例: 同じユニフォームを着てスポーツバーでサッカー観戦する

■成熟した愛から生まれる合一だけが孤独を克服することができる
愛は落ちるものではなく踏むこむものである。
その中で愛は2人が1つになり続けるという矛盾が起きる。
合一とは成熟した愛が生み出す自身の全体性、個性を保ったまま行われる結合である。