ADHD、アダルトチルドレン、愛着障害、鬱で苦しんだ末に見つけ出した回答(仮)

記事の要約

表題のことでずっと生きづらかったけどなんとなくその原因がわかってきたので整理するための記事

結論から言うと表題の苦しさは「幼い頃に無条件の愛情を体験していない」がすべての原因だった。
幼い頃、親にありのままの自分を認めてもらえずに過干渉をされたり我慢を強いられた歪な愛情関係が現在の周りとの関係に悪影響を与え続ける。
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2015年

心療内科に受診

昔からずっと感じていた"漠然とした不安感"や"慢性的な疲労感"といった大きいものから"人と上手く話すことが出来ない"、"人の顔色ばかり伺う"といった小さなものまで、よりどりみどりに蓄え続けたしんどさが爆発し憂鬱状態になった。

もうこれは鬱に違いないと藁にもすがる思いで心療内科に受診したが、5分ほどのカウンセリングとロト6みたいなチェックシートを塗りつぶした結果ADHDだと診断された。
先生曰く「注意力不足や衝動性により人とコミュニケーションが取れなくなってる」とのことだったが、落ち込むよりむしろ今までの悩みを説明してくれる病名があったなんてと少しスッキリした気持ちになったことを覚えている。
(先生の高圧的な態度が気に入らなかったのでその後は通院せず、ストラテラという見た目が不気味な薬も処方されたが学生の自分にはクソ高かったのですぐに飲まなくなった。てかコーヒーがぶ飲みして中枢神経刺激したほうが効果があった)

そこからも社会不適合者丸出しな人間関係が続き、そのたびにADHDの自分はゴミであると言う感じで元々米粒以下の自己肯定感はさらに低くなっていった。

2018年

愛着障害の概念を知る

ADHD関連のことをネットで調べていたらあるブログから愛着障害という症状があると知った。
愛着障害とは簡単にいうと「何かに縋らなければ生きられない」体質になってしまうことで、母親との関係に問題があることで発症するというのだ。
このとき初めて家庭環境に問題があるのではないかという視点を持った。
過去を掘り返した今思い返すと問題だらけだったのだが、自身の家庭環境は問題がひた隠しにされて健全を装っていたのでこのときまで本当にわからなかった。
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2020年

心療内科にカムバック

過去のトラウマから自己肯定感が低くなった人間が何をするかご存知だろうか。
不安感、欠乏感を埋め合わせるために高い理想を作り、際限のない承認を求めるようになるのである。
その理想が高すぎるためたとえ褒められても、表彰されても"当然"と思うか、自己肯定感が低すぎるのでその評価が信じられない状態になった。
歪な人間関係で傷ついたトラウマからすり減った自己を埋め合わせるように理想の自分が肥大化してしまった状態と思われる。
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承認を求めて高ストレスな環境に身を置いたことでトラウマのフラッシュバック、自己否定の幻聴まで聞こえだしてノックダウン。鬱状態になり心療内科にカムバックすることに。
今思い返すと自分にとって高すぎる理想に追いつくことが出来なくなって絶望してしまったのかなと思う。
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このときはもう何もかもやる気が起きなくなって3ヶ月間ほぼ寝ることしかしてなかった。
たまに無神経なやつが"しんどいときは寝るだけでいいんだよ"とか言ってるが本当にしんどいときは寝ることが出来ないだなとこのとき知った。

2020年

酵母マンさんのnoteを知る

少しずつ体調が良くなって愛着障害について調べてるうちに酵母マンさんのnoteを知った。
アダルトチルドレン愛着障害の克服記録をまとめているマガジンでなんと無料公開しているらしい。
酵母マンさん自身が克服にお金がかかることに腹が立ったことからのアンチテーゼとのこと。本当に感謝しかないですね。)
このマガジンには本当にお世話になった。自分だったらこんな考えには人生を3回やり直してもたどり着けなかったと思う。
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このマガジンの肝はノート療法というもので、アダルトチルドレンの症状である「親や周りの人との関係の中で依存対象に縋るために"理性"が"感情"を抑圧した」経験を振り返り、ノート上で"理性"と"感情"の認識を埋める作業を行うものである。
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完璧にやばいノート

このノート療法は辛かった。
とにかくトラウマを振り返ることがしんどい。
怒りでノートをボールペンで突きまくったり、急に涙が出たりしてボロボロになりつつも最終的には依存体質の根源である親に対する憎しみでいっぱいになった。
が、これも酵母マンさんがすでに経験したことらしい。次のステップ、親の追体験に取り掛かった。
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ここは自分の場合酵母マンさんと同じ体験をすることが出来なかった。
確かに親も同じ苦しみを持っていたことはわかるが変わらず憎い感じ。

その後はマガジンをすべて読破し、すっかり自己否定をしなくなったので良い感じで過ごせていた。
("漠然とした不安感"や"慢性的な疲労感"は残っていた気がする)

2021年

小野ほりでいさんのnoteを知る

厳密にいうと酵母マンさんのnoteと平行して読んでいた。
酵母マンさんのnoteが哲学的に対して小野ほりでいのnoteは精神分析的であるが言ってることは共通してるなと感じていた。
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そしてここからが最近の話である。
前から感じていた"漠然とした不安感"や"慢性的な疲労感"、"親への憎しみ"が強くなってきたのである。
きっかけは最近生活環境がガラリと変わったことからだと思う。

ちょうど小野ほりでいさんのマガジンが終わったこともあり、ここに解決のヒントがあるのではと再度マガジンをすべて読み返したところ腑に落ちる回答が得られたのでここにまとめたいと思う。

親は自分を愛していなかった

自分の記憶と紐付けてもそう思える。
自分が幸せだと親が不満そうで、不幸だと親が笑顔だったからだ。
資格に合格したり、自分が新聞に載ったりしたときも褒めようとはせず興味なさげで、スキーで遭難して泣きじゃくっていたときは笑顔でバカにしてきた。
親は子供の幸せなどどうでも良くて一緒に不幸になりたかったのだ。
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遊びに行きたかったのに習い事をさせられたり勉強させられたりもした。
言う通りにしないとヒステリックになったり、不機嫌になったりしてその度ビクビクしていた。
これらは自分の叶わなかった"願望"やその逆である"我慢"を子供にも強要して歪な愛情を注いでいたと言えるんじゃないだろうか。(感謝の搾取ともいえる)
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つまり子供を過去の自分と同じ環境に起き、そこから感謝を奪って自分の人生が間違っていなかったと肯定しようとした。
子供に自分の問題を押し付けて自身で問題に対処することを諦めてるのだ。自分をコントロールして問題に対処出来ないから。
その問題自体が自身の価値判断により起きた問題ではない"社会からインプット"されたものなので言ってることが矛盾だらけなのがまた困ったところである。
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親は自身の親から受けた体験を再現してトラウマを克服しようとしていたのかもしれない。
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邪推かもしれないけど両親ともに"結婚"というステータスに魅せられて"結婚すれば自分は救われるかもしれない"と考えていたのかもと思った。
(そうなると両親は愛し合っているのかという前提に疑問が出てくるけども。)

親のことばかり書いたが自分も親のことを気遣うことなく都合の良い扱いをしていた。
親が自分を理解しようとせずに我儘を押し付けるのになんで自分だけが気遣わないといけないんだって気持ちからである。
良くも悪くも甘やかされて育てられた。お互い様って感じ。
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理性的に整理出来たおかげか今のところ親への憎しみは和らいでいる。
だが完全に許せるまでは時間が掛かりそうだ。

無条件の愛情について

色々調べていると自分のような悩みを持つ人は大多数の人が親から受けている無条件の愛情を受けていないらしい。
しかしフロムの愛するということや酵母マンさんのnoteを読んでもその無条件の愛情についてどういったものかイマイチしっくりと来ていなかった。
母性的愛情?なんだそれ

小野ほりでいさんのnoteを読んでいるときに気になる単語があった。"役に立たない自己に対する愛情"が無条件の愛情である。
確かに知り合いが用事もないのに話しかけてくれると嬉しいよなと思った。
そこで"役に立たない自己に対する愛情"とはなんなのかを考えていてふと気づいた。
「あ、そうか役に立たなくても生きていいのか」
社会の役に立たなくても、親の役に立たなくても、友達がいなくても、クズでも"精神的には"別に生きていいのだと気づいた。

フロムの言い方でいうと無条件の愛情、愛着障害の考え方でいうと安全基地に当てはまるのかもしれない。
まず言葉に抽象化することが野暮なのかもしれない。感覚的なことである。
自分の感覚では「役に立たなくても生きていい」という言葉よりはnoteや本で自分を自己分析して論理的に出した「役に立たなくても生きていい」という回答が支えになってくれる感じがある。
(今酵母マンさんのnote見たらこちらにもちゃんと書いてあった。書き方は違うがたぶん同じ意味"ただ、そこに「在る」だけ。")
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そんな都合の良い話があるかと思うが"漠然とした不安感"や"慢性的な疲労感"がこの「役に立たなくても生きていい」の気づきのあとなくなった。
無意識内にあった価値観(~しなければならない)から開放されたのかそれともプラセボ効果なのかもしれない。詳しくはわからないが良い感じで過ごせている。

自分も親のようになりかけている

クセ一覧を見てもらえればお分かりの通り、未だに親から精神的自立が出来ていないせいで孤独、社会不適合者まっしぐらである。
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他人は基本的に与えなければ何も与えてくれない。客観性が欠けてるとそれがわからない。
甘やかされたせいでバカみたいに愛情を求めているんだろう。
どの人間関係も境界が曖昧なズブズブの関係になってしまう。
いや、正確にはズブズブの関係になる人としか関われないという言葉が正しいのかもしれない。
生まれてから続く歪な人間関係に疲れ果てて"主体的に人と関わりたい気持ち"が完全になくなってしまい、寄ってくるのが支配的な人間ばかりになってしまったからである。そうなるともう精神の安定を保つには人と関わることを極力避けるしか方法がなくなってしまった。

また辛いのが自分のような人間は社会の中で負の要素を集める避雷針のような役割を与えられることが多いことだ。
顔色を伺いすぎてしまう問題の責任意識が曖昧な人間は他人が犯した罪の責任を負い、依存心が強く意志が弱い人間は罪を押し付けられたり他人の優越感のために蔑視の対象になる。
つくづくクソだなって思う。

問題はまだまだ山積みなのだがひとまず今回の記事を機に過去のことで悩むことを止めることにした。

なぜなら小野ほりでいさんのnoteを読んでこれ以上問題に気を取られていたらこれだけで人生が終わってしまうと思ったからである。
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変わらず社会不適合者だがとりあえず前に進むこととし、クセ一覧に細分化した問題でまたミスったらそのときその部分だけ対処しようと思う。

自分はカウンセラーになりたいわけでも哲学を掘り下げたいわけでもないのでここまでにしておく。

まとめ

1.親に仕組まれた愛着障害、ACを乗り越えて無条件の愛情「役に立たなくても生きていい」の感覚を知る
2.生きる存在不安を自作の運命感(家庭環境、学生の頃から積み重ねたトラウマ)、ADHDASDなどの症状、他者の価値観に求めるのではなく、自ら存在不安の原因(欲望)を見つける
アドラーの言う"やりたいことが先にあってそれに合わせた動機を求める"もこれに当てはまるのかもしれない。
(昔読んだ"嫌われる勇気"にはトラウマを否定するという見出しで書かれていたがこれは傷ついた過去を否定することにも繋がりかねないので自分はこの書き方が嫌いである。"本当にやりたいことと思っていること"が無意識のうちに刷り込まれた他者の欲望を満たすためのものだとしたらその事実に気付き、意識的に違う他者からの欲望を選択する機会があってもよいのではないだろうか)
3.目の前の小さな不安(欲望、問題とも呼ばれる)と向き合って対処していく
洗濯物を畳む、目標に向けた日々の勉強といった小さなものをサボらずこまめに対処していく。負債にしない。
●気をつけること
・日々出くわす小さな価値も当然と思わず感謝する
・自分、他人の不完全さを許容する
・周りへの否定的な目線を止める

基本的な生存戦略として"親や他人に期待することを止め、人間関係以外のところで役に立てるようにスキルを磨きつつ精神的自立を目指そう"と思う。
"精神的自立"と"経済的自立"は別問題でありこの新自由主義で生きていくためにはやはり"何かしらで役に立つ"ことが必要不可欠だからである。
今回色々と勉強して社会に薄っすらと蔓延る"役に立たない人は死ぬべきだ"の思想はこの2つの問題を混同してるのかもしれないと思った。

これから人と関わることが出来るようになるのかはわからないが「役に立たなくても生きていい」の感覚を持ってスキルを磨き、"経済的自立"が出来てさえいればとりあえずは生きていけるんじゃないかと目論んでいる。

また自らの主体的な部分、欲望に関していえば今からやりたいことを見つける必要はなさそうである。
なぜなら親や他人に依存するために感情の抑圧を繰り返した経験の中にも、時々自分の感情に基づいて行動した経験を持ち合わせていたからである。
これは誰しもそうなんじゃないかな。

今後はその部分を大切にする生き方をすればいいのではないかと思う。

最後にADHDASDHSPなどといった謎の病について個人的な考えを述べるとこれらが起こす症状よりもそういった症状を持つ自分は生きていいのか不安を持つことが悪質なんじゃないかと思う。
昨今センセーショナルな見出しでこれらを取り扱う記事がとても多いが、さも"完治しない不治の病"かのようにこの不安を掻き立てるとてもおせっかいなものに感じる。
別にかっこいい文字で病名をつけなくても、症状によるメリット、デメリットを加味した上で有効活用したり対処するくらいの心構えでいいんじゃないだろうか。

最後に

※もしこの記事を読んでマネしてみようと思う人がいたら下記の順番をおすすめする。
酵母マンさんのnote読破(eggs.atushiさんのページ) ⇒ 小野ほりでいさんのnote読破

まずノート療法で過去の感情を成仏させ、そのあと理性的な知識を補完すると良い気がする。
(先に知識をつけてしまうとノート療法の際、余計な考えが混じるため)
ノート療法にはeggs.atushiさんのページも参考になる。
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他にも色んな本を読んだがこれらが腑に落ちた考えである。

実体験として短期間で自分の思考を変えるのは劇的に良い方向に進む場合もあればその逆で劇的に悪い方向にも進むものだと思った。
人によってトラウマの度合いは違うし、無理に掘り返すことが精神的に良くない人もいると思われるので注意して欲しい。
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クセ一覧

●わかってほしい症候群
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●親への万能感を他人にも求めてしまう
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●周りの人を攻撃してしまう
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●自分を責める
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●なぜ孤独を好むのか
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●他人の価値観に乗っかり誰かを批判することで幻想の優越感に浸る
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●他人の価値観に乗っかり自分の不幸を正当化する
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●判断を他人に委ねてしまう
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●だめな人を演じる
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●理想の自分を演じる
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●仮初の自分を演じる
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●なぜ幸福な状態だと落ち着かないのか
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●環境リセットグセ
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●自分の気持ちを伝えられず不機嫌になってしまう
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●過干渉について
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●相手に理想のイメージを作ってしまい損なわれると幻滅する
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●不幸を「何か」で肯定してしまい変化できなくなる
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●傷ついたことを認めない
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●人の顔色ばかり伺う
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